2008.02.11

なので

どうしても違和感をぬぐいきれないことばがある。以前にも取り上げたが、接続詞としての「なので」だ。

日頃あまりテレビを見ないので、遭遇する機会も少なかったのだろうが、最近では毎日のように耳にする。それも日に一度や二度ではなくなったから、もうかなり普通の使い方なのだろう。フリーの日本語教師という仕事は、外国人と話す時間が多い。私の場合、日本人と話す時間はほんのわずかで、話す相手はほとんどが外国人。テレビもそれほど見ないので、この使い方を耳にする回数が人より少ないので、違和感を感じるのだろう。世間では、もう、市民権を確実に手に入れていることばなのかもしれない。

それでも気になって、「なので」で検索してみたら、ことばおじさんの気になることばでも、取り上げられていた。3年半も前の記事だから、今、こんな風に思うのは少し時代遅れなのかもしれないが、気になるものは気になる。

日本語を教え始めた頃、山下達郎の「クリスマス・イブ」の「きっと君は来ない」の歌詞が話題になったことがある。「きっと」と「~ない」は共起しないはずだ。「きっと来る」「たぶん来ない」となるべきだ。というものだったが、10年も前の話だ。この時でも、おかしいと思う人と全く気にならない人といた。私は気になる方だったが、今ではそれほど気にならない。もちろん自分で使うことはないし、授業では「きっと~ます」「多分~ません」と教えているけれど、違和感は相当なくなった。「なので」の違和感はいつごろ薄れるのだろう。それとも、もう頭が硬くなって、こだわり続けるのだろうか。

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2007.12.02

主語を抹殺した男

M071202私の恩師"ミモザ"お勧めの1冊、金谷武洋の「主語を抹殺した男-評伝三上章」がTBSラジオの「ラジオブッ クス」という番組に登場。来週の1週間(12/3~12/7)23時40分~24時00分です。朗読するのは伊藤隆太アナウンサー。この本は日本語に興味があるのなら、読んでおいて損のない1冊。購入する前にちょっと聴いてみるのもいいかも。...なんてしたり顔で紹介しているけれど、情報の入手先は"ミモザ"から。それに、この本はまだ読んでいない。私が読んだのは、右の2冊。さらに残念なことに、テレビの難視聴地域はラジオも同様で、雑音ばかりで聞くことができそうにない。でも、関心のある方はぜひ、どうぞ!

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2007.10.27

最近、気になる言葉たち

J-popにくわしく、しかも日本語ペラペラのTが今一番好きだといって聴かせてくれたのが「創聖のアクエリオン」この曲ならテレビのCMで聞いたことがあった。でも、私の心に残っていたのは、曲ではなくて、ナレーション。「あなたに合体したい」と言っていた。画面に文字も出ていたから間違いない。「合体する」は「に」ではなくて、「と」だろうに。そう思ったから、よく覚えていたのだ。それが、その後じきに「あなたと合体したい」にナレーションもスーパーも替わった。うるさいおばさんが投書でもして文句を言ったので、録音し直したのだろうか?初めから2バージョン用意しておいて、異議を唱えられたら変更するつもりだったのか?いや、わざと違和感を覚えさせて、人の耳を引く(?)作戦だったのか?実はそれほど好きな曲ではないのにれだけ考えさせるなんて、いずれにしても、作戦はみごとに成功したようだ。

広辞苑第6版に新しい言葉が増えるという記事を読んだ。「『いけ面』は辞書には載っていませんよ」と授業では言ってきたけど、この「いけ面」も辞書に載る言葉になったそうだ。いままで「イケ面」と書いてきたけど、辞書に従えば「いけ面」と書くべきなのかもしれない。

正しいことばなんて、実はないということは十分承知だが、それでも耳障りの悪いことばは存在する。最近、気になるのは(「嫌だ」という意味なのだが・・・)、文頭に立つ「なので」「ですので」。若い人たちの掲示板での文でよく目にしていたが、最近ではテレビでも耳にするようにもなった。最初に耳にしたのは、台本のないトークの時だったから、つい出ちゃったのかと思ったが、その次に耳にしたのは吹き替えドラマだった。これは意図して使ったわけだ。もうしばらくすると、「自身」、「結果」などと同じように、文の始めに使っても、誰も何も思わなくなってしまうんだろう。

録画した番組を見ていたら、ヨーグルトのCMで「お試ししてほしいから・・・」と言っていた。これも気になるなぁ(好きじゃないと意味。しつこいけど・・・)。M乳業の製品だったけど。このCMの制作会社にも、クライアントにも、この部分を気にする人がいなかったようだ。

さらに、しつこく。先ほどの「耳障り」ということば。耳に障るのだから、当然、心地よくないわけで、悪いに決まっている。障ると触るの混同で、「耳障りのよい」を使うんだろうけど、それにしても「ガサガサの手で耳をなでられてそれが気持ちいい」だなんて!

これで最後。上の文で「・・・気持ちいい」だなんて、と書いた。耳には、「きもちいいだなんて」と聞こえるはず。今日は寒いだ。これはおいしいだ。って言うと、meew先生、違うって言うくせにどうして気持ちいいだは良いの?という声が聞こえてきそう。気持ちいいが「 」で括られて名詞扱いになっているからなんだけど、耳だけで聞いたときは間違えそう。先日もある生徒からの質問で「日本人はどうして『行くだって』『おいしいだって』と言いますか?間違いでしょう?」というのがあった。よく聞いてごらんなさい。「行くんだって」「おいしいんだって」と「ん」が入っているから。早い段階で訂正しておかないと、この間違いは定着しちゃうと直すのが本当に難しい。でもこういう小さなことがきちんとできていると、聞いていて気持ちがいいのだ。でも耳障りがいいなんて、絶対に言わないからね。

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2007.08.04

うちのお嫁さん

田中さんのお嫁さんはタイ人です。

タイ人Aのところへ、タイ語の練習に来ているという田中さん(仮名)について、Aがこう教えてくれた。私は田中さんに会った事はないが、私よりも少し年上らしい。田中さんはもうリタイアしていて、お嫁さんも現在タイに行っているので、ちょっとさびしそうだとは、Aの弁。

何ヶ月も前にこう聞いて、私はずっと、田中さんが男性だと思っていた。作文だと言うのに、「P Sek(男性) が駅に来ているので、ご主人に迎えに行かせると P Sek に伝えてください」というシチュエイションにダメと言うAが、昼間に男性を家に上げるのはおかしい。その謎が解けたのは、先日のレッスンの時。ふとしたことから、田中さんが女性であることがわかった。お嫁さんがタイ人と言うのは?

田中さんの息子さんのお嫁さんがタイ人だったのだ。

目の前にいる年配の女性が「お嫁さんがタイ人でね、今、国に帰ってるのよ。」と言えば、息子の嫁だと思うだろう。Aの姑は、「この人はうちのお嫁さんです。」とAを紹介する時に言うだろう。Aはこのことから、「田中さんのお嫁さんはタイ人です」を導き出したのだが、これが誤解の元だった。私のお嫁さんではなくて、ウチのお嫁さん。手ごわいウチソトのひとつだ。さらに、タイ語の練習は忘れないためではなく、タイ語を話せるようになるためのものだったらしい。

もっとカンが働くようにならないと。日本語教師として、まだまだダメだなぁ。

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2007.06.01

日本語のカタチとココロ

ふと立ち寄った本屋で見つけたのがこの本。「日本語のカタチとココロ」のテキスト。

M070601

「知るを楽しむ」という番組は、つい先日も「アンコール遺跡・残された歴史のメッセージ」がおもしろかったが、今度は日本語の話らしい。最近お風呂で本を読むのが気に入って、今日もこの本を持ってお風呂に入り、そのおもしろさに半分ほど読んでしまったが、すっかりお湯は冷め、本は湯気で、ベコベコになってしまった。

今回番組を担当する金田一秀穂という人は、金田一京助(祖父)、春彦(父)に次ぐ三代目というくらいしか知らなかったが、この金田一少年、その正体は日本語教師のようだ。日本語教師の人も、日本語に興味を持っている人も、言語に興味を持っている人も、日本語を教えてみようかと思っている人も、とにかく、おもしろいのでおススメ。テキストも680円とお手頃だし、テキストがなくても番組を見るだけでもおもしろそう。6月4日から月曜日に放送があるようだ。

今日の仕事がちょっときつかったので、後は布団の中で続きを読もうと思う。この本から、おもしろかった文章をふたつ引用。

しかしその一方で、学者にも判明できないことでも、なぜそうなるのかと聞かれれば、外国人留学生に説明できるように考えなくてはならないのが日本語教師なのです。

辞書には書かれていない意味の違いを見つけるのは、たいてい、だいたい、ほとんど、たいがいの日本語教師にとって、必須の、しかしおもしろい作業なのです。

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2007.05.16

あればぁ

生徒の一人の口癖が「あればぁ!」だ。驚いた時に使うから、「あれ、まぁ!」のつもりなんだろう。

bとmの音は似ているから、彼女の耳には「あればぁ」と聞こえるのだろう。アルバイト先には老人が多いということだから、そこでおばあさんが言ったのを耳にしたようだ。「主人もそう言います」と彼女は断言するが、ご主人もきっと「あれ、まぁ!」といったのだろう。(よもや、「用事があれば、行かなくてもいいよ」の「あれば」ではないことを祈る)

まだ若い彼女が「あれ、まぁ」と言うのでさえ、私にはちょっと違和感がある。イマドキの若者であれば「うっそー」とか「マジィ」なんていうのかもしれないが、それと同じくらい違和感がある。

では、なんと言ったらいいのですかと聞かれるが、これもまた難しい。その状況に応じて適切な言い方が多々あるからだ。それに、感嘆詞はひとり言として発することが多いので、周りの人も注意しづらいだろう。私自身、「絶対に使っちゃだめ」とは言い切れない。時と場合によっては、「おや、まぁ!」なんて、とても可愛いとさえ思う。

彼女らしさと、それを使う場面。適切な言葉を選んで使えるようになるには、まだまだ日本語修行をしなくてはならないだろう。私たちだって小さい時から親の言葉を聞き、真似してはたしなめられたり、直されたりして、なんとか使えるようになるのだから。大人になってから注意されるのは嫌な気分だろうけど、上手になったら直さないから、今のうちだけ。頑張ってね。

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2007.05.01

小学校の国語の教科書

ゴールデンウィークのまん中で、日本語の勉強をする人はかわいそうねとも思うけど、こういったことは毎日の積み重ねが大切なのよと、レッスンを終えた後本屋をのぞいてみた。本ではなくて文房具を買うのが目的だったが、店を出る時、ふとこんな張り紙に気がついた。「教科書取扱店」一旦出た店にもう一度入り、奥にある学習参考書のコーナーへ。店員に聞いてみると、教科書は一般人でも購入できるそうだ。かねてより欲しかった小学校の日本語の教科書を1年生から6年生まで一括購入!

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上が教科書の写真だが、今手に入るのは「上」で、9月になると「下」が出るそうだ。この教科書6冊全部で2000円でお釣りがくる値段。日本語教育に使えるかどうかはともかく、読んでみたら、とてもおもしろかった。そういえば、教科書をもらって真っ先にするのは、いつも国語の教科書を読むことだった。物語が好きでよく読んでいた。日本語教育につかえるのもありそう。よく読んでみよう。

教科書には値段がついていませんでした。

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2007.02.26

PLEASE

元西武の松坂大輔投手がアメリカですごい人気のようだ。

先日は、ファンにサインをしているところが報じられていたが、ここでもちょっと気になったおもしろいこと。アメリカのファンが野球のボールを差し出して、日本語で、「どうぞ!どうぞ!」と言いながら、サインをねだっていた。

日本語がわかる人に「pleaseって日本語でなんていうの?」って聞いたんだろうな。思わず笑ってしまった。

もうひとつ、これを報道していた人だったと思うけど、「松坂選手がサインを書いています」と言ってた。これは笑えなくて、首をかしげた。

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2007.01.11

気になる日本語

やっぱり日本語教師は因果なもので、テレビを見ていても細かいところが気になってしまう。

今年の2日にたまたま放送大学の日本語学概論というのに出くわして、もうそろそろ終わるころだったのだが「は」と「が」についてはなしていた。その中でも気になったことがあった。

人がたくさんいて、「斉藤さんはどの人ですか」」と聞かれたら、「私が斉藤です」と答えるというくだりだ。「どの人ですか」に対する「私です」が、どうしても納得がいかない。これは絶対に「斉藤さんはどなたですか」「私が斉藤です」でなければならない。「斉藤さんはどの人ですか」に対しては「あのひとです」「あの赤いセーターを着ている人です」となるはず。

この話のポイントは「は」と「が」の違いであって、「どの人」と「誰(どなた)」の違いではないけれど、実際に教えている場だったら、生徒から絶対にチェックが入るところだ。この教授は日本人を対象とした日本語学の経験はあっても、日本語を勉強している外国人を実際に教えた経験は少ないと見た。(私の場合、こういう類のことで、何度質問されたことか。というか、「やりこめられたことか!」)

別のことでは、最近気になるのが「多い」という形容詞。これを「おおいい」と発音する生徒がけっこういるので、この発音に対しては特に敏感になっているのかもしれないのだが、「多いい」と発音する日本人の多いこと!特に気にしていなければ、気にも留めないところだろうが、私の場合、そういうバックグラウンドがあるので、「あ、注意しなくちゃ」と思い、そこから先の話がお留守になるという困ったことにもなる。

スチュワーデスが本採用になりませんでした。なんて日本語も、レッスン中じゃないんだからやめてくれよ!と叫びたくなく日々。だからテレビを見たくなくなるんだよ。

追記
今日もあるスーパーで耳にしたことば。「もうすぐからタイムサービスで、全品3000円で販売いたします。」(「もうすぐ」もしくは「今から」でしょう!)

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2006.12.21

今日、気になった日本語

今日出かけた先で、こんな日本語を見つけた。

M061221

ケータイで撮ったので、わかりづらいが、左の写真はトイレの個室内にある子どもを座らせておく椅子の説明にあったもの。「※お子さまを取り出す時はPUSHボタンを押して・・・・・」

右の写真は、セルフのガソリンスタンドにあったもので、「消防法によりセルフ給油所ではポリ容器へのガソリン給油が禁止されています。ご了承願います。」とある。

このふたつの説明文がとっても気になった。どこか気になったのかって?あ、出かけなくちゃいけない時間だ。続きはまた後で・・・。

帰ってきたので、続きを・・。

左の写真の文は、もちろん「取り出す」。お子さまって持ち上げておきながら、「取り出す」なんて、物みたい。「※お子さまを抱き上げる時は・・・」って書いてほしかったです。

左の写真の文は、「は」と「が」の問題です。「は」の後ろが重要(あるいは未知)事項、「が」の前が重要(あるいは未知)事項という基本的ルールに則って考えて見ます。この文だと、「何かが禁止されているということはわかっているけれど、その何かがわからない」状況にあるように思えてならないのです。

「セルフ給油所では、ポリ容器へのガソリン給油は禁止されています」の文の方がいいと思ったんですが・・・・。写真をよく見たら、「セルフ給油所では」と「禁止」が目立つようになっていますね。すると、まずはじめに、「セルフ給油所では、禁止されています」という情報を浮き立たせておいて、詳細で「禁止されているのは、ポリ容器へのガソリン給油ですよ。」となると、これはこの文で大正解ということになります。文章だけでなく、このポスター全体として考えると、これは優れもののように思えてきました。

ガソリンを入れた時は「絶対におかしい」と思っていたのですが、こうして、もう一度考え直してみると、間違えていたのは私のほうです。時を置いて考え直してみることの大切さを感じました。

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2006.12.04

だいじょうぶ

今日の日本語のレッスンでのこと。夕食にローストビーフサンドイッチを食べた。食べ終わったその、クレソンだけが残っているお皿を見て、Nが言った。「何を食べたの?」ローストビーフサンドイッチを食べたSは答えた。私はクレソンを指さし、ふざけて「食べる?」と聞いた。するとNがこう答えた。「だいじょうぶです。」

ああ、その言い方、好きじゃないなぁ。そう思った矢先、Sが「けっこうです、だよ」と教えていた。胸をなでおろしたmeewであった。

さて、そのN君の授業も終り、そろそろ夜も更けてきた。N君は朝早くから働いているので、眠そうだ。「眠いですか?」すると、N、少し考えて、「いいです」 

この場合は、「だいじょうぶです」でいいんだよと言うと、さっき、「好きじゃないといったじゃないか」というので、こんな話をした。

「だいじょうぶ」には"No Problem" という意味があり、その意味で考えると、「コーヒーのおかわりはいかがですか?」「No Problem」は、おかしいでしょう?「食べたいですか?」「だいじょうぶです」も同じこと。でも、転んだ人に「だいじょうぶですか?(Any Problem?)」「だいじょうぶです。(No Problem)」はOKなんです。

「そうなのか。僕は No Thank you は 『だいじょうぶ』 だと思っていたよ。」

こんな簡単な説明でわかってもらえるなんて、すべてこんなふうにうまくいくといいのにね。

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2006.11.23

ことば あれこれ

昨日の夜、ふとテレビ(といってもスカパーだけど)を見ていたら、わざとしょうゆで染めたワイシャツをクリーニング店に持ち込み、どれだけもとの白さになるかという企画で番組をやっていた。カメラは店の外からで、店員との話し声だけが流れている。「これ、元は白かったんですか?」と驚く店員の声。途中から見たので、実際にどんなワイシャツなのかはわからないが、店員の声から、かなりの染まり(汚れ)具合と見た。仕掛け人はさらに「それから、これ。ケチャップなんですけど・・・」ともう1枚取り出した様子。さらに驚き、困惑した店員だったが、その後の言葉には、私が驚き、困惑した。

「(お持ちになったのは)この2枚で、大丈夫だったですか。」

もういいかげんにしてくれ!と、心の中で叫び、スイッチを切ったのは言うまでもない。「この2枚だけですね。(ほかにはもうこういう手間のかかるのはありませんよね)」という意味なんだろうが、ここで、『大丈夫』にその代りをさせるのは、余りにもひどすぎる。大丈夫じゃないから、持ってきたんでしょうに。

もうひとつ今日のこと。さっきテレビを見ていたら、俳優の渡辺某が大学で講演をしたとかしないとか。そこで女子大学生が彼に質問をし、「それから、これは関係ないんですが、(渡辺さんを)すごく好きです」と言っていた。それを聞いた俳優渡辺、「すごいうれしいです」と答えた。・・・チャンネルを変えようと思っていたから、ちょうどよかったけどね。

テレビを見ると、こういうことでつかわなくてもいい神経をつかい、ちょっと滅入ってしまうので、なるべく見ないようにしているから、悪循環で、さらに疲れてしまうのかもしれない。

これは、ある意味、日本語を教えている者の宿命かも。日本語を学習する上で、ある段階ではどうしても細かいことに気をつけなくてはならないから、こちらも些細なところにまで気をつけなければならない。日本語学習者のいったん習慣化したクセは化石化してしまい、あとあとまで学習者を困らすことにもなりかねない。定着する前に矯正して直せば、その時の苦労なんて、どうってことないのだから。

しかし、毎日そういうことをやっていると、授業以外の時間でも反応してしまうので、とても疲れるのは事実だ。最近、Podcastingなどで小説を聞くことが多いのだが、日本語を教えるようになってから、日本語に対する許容度が少なくなってしまったことを、あらためて思い知らされている。古い小説は言葉のつかい方も今とはもちろん、日本語文法とも違っていて、その差異を楽しんではいない自分に気がついて、ちょっとがっかりする。かつてはこれらの小説を楽しんでいたのだから。きれいな日本語だけ、聴いていたかったら、日本語教師になどなるべきではない。かといって、日本語に無頓着でも日本語教師にはなれなくて、相もかわらず、この狭間を行ったり来たりしている。実際、行ったり来たりできるのも、日本語教師たる所以なのかもしれないけど。

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2006.10.25

「うるさい」の意味は?

タイ人のKがおもしろいことを言った。「日本語の『うるさい』には、静かにしろっていう意味があるけど、タイ語の『うるさい』はうるさいって言う意味だけなんだよ。」

たしかに。話している子供たちの声でテレビの音が聞こえない時、彼らに向かって「うるさい!」と叫んだら、たいてい、「ごめんなさい」と言って静かになるだろう。タイ語だとหนวกหู (うるさい)だけでは不十分で、เงียบๆ(静かにしなさい)を付け加えなければならないらしい。

英語ではどうなんだろうと思って、アメリカ人に聞いてみた。Noisyには、やはり「うるさい」の意味だけらしい。クラスで騒いでいる生徒に、"You are noisy." って言ったら、その生徒はなんと答えるかしら?そう尋ねてみたら、「"Yes, I'm noisy. So what?"・・・かもね」だった。

言外の意味を汲み取らなければならない日本語の難しさよ。その日も、ジャケットを着ているKに「寒いですか?」と聞いたら、「はい、寒いです。」と答えられてしまい、はて、私は半袖なんだけど暖房を入れたほうがいいのかしら?と考え込んでしまった。

私の発した「寒いですか」の意味は、「寒そうに見えるから、多分この部屋の温度では寒すぎるのでしょうか。もし、寒いのなら、暖房を入れましょうか?」の意味。しかしKの「はい、寒いです」の真の意味は「外は風があって、寒いです。(この部屋は、寒くありません。)」ということだった。

日本語のレッスンだから、ここまではっきりと説明するけど、普通の会話では、真意を探り、探られ、顔色をうかがい、うかがわれ、誤解が生まれていくのではないだろうか。

「うるさい」と言われて、それが「静かにしろ」という意味だとわかった時、Kは「日本語は大変な言語だ」と思ったかもしれないけど、その話をするKの口調は、私には楽しんでいるようにも聞こえた。

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2006.10.23

ピンチヒッター その4

いよいよ今回が最後の日本語教室。前回から、ボランティア希望でやってきたY氏がいるから、もうバトンタッチしてもいいくらいだけど、今日まではきっちりやろう。

授業が始まる前に、一人の女性が教室に入ってきた。上級クラスの生徒かしら。今日は上級を担当する指導者がいないのだけれど、アメリカ出張から戻ったばかりの市の担当者がいるから、彼女の当番かな・・・と思っていた。「○○さんに聞いた来たんですけど、こちらで授業があると聞いて・・・」流暢な日本語だ。だけど、日本語教室で勉強する必要が果たしてあるのかしら。「あなたが生徒ですか?」と確かめてみると、「はい」と言う。必要あるのかしらと関係者一同顔を見合す。さらにその女性は「第2、第3○曜日に授業があると聞いたので・・」わかった。もうひとつの教室で行なわれている「英語教室」の生徒だ。いくらなんでもこんなに上手な人が・・・やっぱり日本人だった。アジア系の人は日本人によく似た人がいるし、日系人でも日本語ができない人もいたりするから、外見で判断はできないのだけど、ま、こんなこともあります。

今回も、五月雨式に生徒が到着。工場の仕事の都合で、どうしても揃わない。日本語教室だから、仕方ないね。初めからいる人は3回くらい説明を聞くことになるから、何回も聞きたい人は早く来た方がいいよ。

今日は27課を仕上げるつもりだ。前回の続きの知覚動詞をやって、27課の残りもやっつける。ちょうど「見えます」「聞こえます」をやっている時、外で「い~し焼きい~も~」と声がする。なんとタイミングの良い。それにしても、街中には石焼芋屋さんが来るんだ。同じ市内といえども、私の住んでいるところでは、まず出会わない。

27課も終わり、まだ、だいぶ時間も余っていたので、「ここで何ができますか?ゲーム」をすることにした。紙に場所の名前を書き、そこでできることをヒントに場所の名前を当てるというもの。例えば「銀行」と書いた紙を生徒の一人(A)に見せ、ここで何ができるかを言ってもらう。Aさんの「お金が貯められます」をヒントに「銀行」を導き出すゲーム。慣れないうちは、「銀行」を声に出してしまったり、読めなくて隣の人に聞いたりして、それはそれで楽しく遊ぶことができた。

さ、これで私の出番も終り。Y氏をみんなに紹介して、無事役目を終えることができた。久しぶりにやった日本語教室。内容は日本語教師も日本語ボランティアも、まったくかわらないけど、日本語教室は学習者を優先しすぎる気がした。もし30分も遅刻をするようなことがあれば、私はやさしい顔をして授業などしていないだろう。尤も、お金を払っている生徒たちがそんなに遅れてくることなど考えられないけれど。それから、生徒の出入りが激しい日本語教室では学習計画を立てていても、それを実行するのはかなり難しいことだと再確認した。名前も間違えずに言えるようになり、親しみも覚え始めた頃にお別れするのはさびしいけど、街中で会えるかもしれないから、それがちょっと楽しみ。

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2006.10.14

ピンチヒッター その3

日本語教室は、本当にスリリング。毎回メンバーが入れ替わるだけならまだしも・・・。先日の日本語教室ピンチヒッター3回目は、学習者が来なかった。ピンチヒッターでバッターボックスに立ったはいいけど、マウンドに肝心のピッチャーがいない!状態。もうひとつのクラスの指導者はどんどん授業をはじめてしまうし、私はどうしたらいいの?所在なく、外を眺めていると、男性が入ってきた。初めて見る顔だが、学習者か?どう見ても日本人。でも、先日も日本人に「中国人かも?」なんて思ってしまったからなぁ。

ボランティア希望者で、今日の授業を見に来たらしい。この教室の担当者は2人とも、今日は休み。今、仕事でアメリカに行っているはず。そのうちの一人と話して今日来る事になったと言うが、先週から渡米しているのに、いつそんな話ができていたんだろう。授業を進めているもう一人の指導者に知らせる。あと1週間でいなくなる身、私が話を聞いても仕方ない。

彼女の授業を見ていることになったが、あまりじっと見られていても困るだろうと、少しお話しませんか?と男性Y氏を誘ってみた。話をするより授業を見たそうにしているが、基本的な情報の入手が先だと思い、日本語教室の実施曜日、時間などについて説明する。さりげなく、スキルのチェックも。すると、教えた経験もあり、養成講座も受講してとか。なんと!これは教室にとっては福の神。私はあと1回、このクラスを受け持つことになっているが、その後、このクラスの元担当者が戻ってくるかどうかは微妙なところだ。彼女自身から聞いたところによると、もう戻る気がないらしい。教室の担当者はそうは思っていないようだが。再来週から指導者不在になってしまうことを危惧していたのが、これで安心だ。Y氏にも私が来週までのピンチピッターなので、その後をお願いできないかと勝手に交渉。快諾してもらえた。

そんな話をしていると、学習者のSさん到着。既に30分経過。27課の可能動詞の予定なので、そろそろ始めることにした。可能動詞の作り方を説明して、問題をやっていると、二人目のTさん生徒到着。仕方ない、また初めから説明開始。私がTさんに説明している間、Y氏はS さんに話しかけていた。「英語を話すことができますか。英語がはなせますか。」と今学習した項目を使っている。いいぞ!いいぞ!

そろそろSさんとTさんをいっしょにできると思った頃、耳に入ってきたのは、「自転車で5分しかかかりません」という、Y氏の言葉。Sさんは「~しか」がわからない。Y氏「5分はとても短いです。だから『しか』を使います。」と説明しているんだけど、ちょっと待って!「~しか」はこの後の提出項目でしょう!Y氏は『みんなの日本語』を使ったことがあるといっていたけど、私はここで不信に陥ってしまった。『みんなの日本語』を使ったことがあるのなら、可能動詞の提出段階では、まだ『~しか、~だけ』を学習していないことはわかっていそうなのに。それに、彼は今手元にこの27課のコピーを持っているはず。・・・こういう細かいことをボランティアに望むのが無理なのかも。なまじ、経験アリ!なんていうから、期待してしまったのだけど、そもそも私があれこれ悩むべき問題ではないから、(若者言葉で言えば)スルーしよう。

さて、SさんとYさん、いっしょに問題をやり終えた頃、この教室を運営している交流協会の副会長より差し入れ。ちょうどいい、私も今日はチョコレートを持ってきているから、みんなで休憩しよう。始めた頃の日本語教室は、いつもこんなふうに休憩してお茶を飲んでいたっけ。お菓子を持ってくる人もいて、みんなで食べたりした。文句も言ったけど、楽しかったなぁ。

休憩も終り、そろそろ次の項目に・・・・と思っていると、残業が終わった一団がやって来た。今日は残業だと聞いたYさん。(「Yさんは残業なので、A:来ません B:来られません」どっち?という問題を作っていた)そのYさんも来た。Cさん、Lさんもやって来た。今日は学習者ゼロかと落胆していたのに、結局5人に増えた。幸いなことに、後から来た人たちはかなり日本語ができる人たちで、可能動詞の作り方もわかっている(はず)。ちょっと試してみたが、大丈夫そうなので、次の項目に進むことにした。

次の項目は「知覚動詞」、つまり、「見えます」「聞こえます」。「見ます」と「見えます」の違いは「意思動詞」と「無意思動詞」。これを理解させるのはいつものことながらやっかい。今日はいろんな音をMP3に入れて持ってきた。でもスピーカーの性能が悪く、大きな音が出ない。でも、「音が小さいですから、よく聞こえません」の導入にはピッタリか。

「見えます」「聞こえます」が終わった頃、8時50分。今日はここまでにしましょう。今日の学習者は中国人。なんとY氏、中国語が堪能らしい。学習者と中国語で話している。これはこのクラスにはもってこい。みんなにも、「新しい先生だよ」と紹介してしまおう。

あと来週1回だ。Y氏の登場で、安心してバッターボックスをおりることができそう。

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2006.10.08

ピンチヒッター その2

ものすごい大雨の中、日本語教室は始まった。

あまりにもの大風、大雨のため、今日の学習者はは2人だった。私が受け持つはずの学習者はいない。学習者2人、指導者2人。なんと具合のいい人数。今日は「動詞の活用」と「ていねい体と普通体」の復習をやるつもりだったけど、急遽、新しい学習者を担当。

先週までどこを勉強していたのかもよくわからず(本人にもわからず、もうひとりの指導者は授業に入ってしまった)、彼女の質問に答えることにした。ちらと8課をやっていたと聞こえたが、それにしては後ろの方の問題についての質問ばかり。自分で勉強しているとは言うものの、教室で使っている教科書(『みんなの日本語』)は持っておらず、自分で勉強しているその教科書も今日は持参していないため、どこまでわかっているのかつかめきれない。

そのうち、もう2人、学習者が到着。こんな大雨の中、よく来たと思う。しかし、クラスは3つになってしまった。指導者は2人。2課にも26課にも入れない、この学習者をどうしようか。結局、26課のクラスを下げて、20課までの復習をすることにした。幸い、「動詞の活用」と「ていねい体と普通体」の復習をやるつもりだったので、そのあたりのプリントを何種類かもって来ているので、動詞のグループ分けからやろう。もう26課も楽々こなしているYさんには申し話kないけど、「復習ね」。

「Iグループ、Ⅱグループ、Ⅲグループはわかりますね?」わからないという。そうかしら、さっきまでの質問内容から、わからないはずがないんだけど・・・。一応説明をすると、Ⅰグループの動詞には「五段」とメモを取っていた。なるほど、日本語(教育)文法ではⅠグループだけど、国語文法では五段活用動詞。するとⅡグループは・・・「二段?」と聞いてみた。彼女はうなずいた。「なにじん」かは、わかりますよね。

来週は指導者が少ないから「パーティをしてもかまいませんよ」といわれているのだけど、今日だって指導者が足りなかった。来週は、やっぱり、パーティ?すると、件の学習者。「勉強の方がいいです。」 ・・・・・ わかりました。勉強しましょう。

今日は本当にすごい雨で、ここの駐車場は雨が降ると足元が悪くなるんだけど、今日は大きな水溜りが、まるで池みたいなのができていた。駐車場に入るところには、なぜか大きな浮き輪、それも海の家で貸し出すような大きなのが道路にあって(たぶん風でどこかから飛んできたのだろう)、なんとシュールな空間であったことか。

私が立てた予定に従って、準備をして、授業をする。いつもこういうことをやっているので、行ってみたら聞いていたのと違っていたり、教えるはずのクラスが違うクラスに変更されたり、そういうことに臨機応変に対応しなければならない「日本語教室」というのは、本当に大変だと思った。しかし、こういうことばかり続けていると、学習者も指導者も疲れ果ててしまわないだろうか。ある日本語教室では新しい生徒を受け入れる日を決めているとか。例えば毎月第1週の練習曜日という風に。予定どうりに行かないことがあったとしても、ある程度の予定は必要なのではと、そんなことを思いながら、雨は上がったけれど強い風の中、家に帰った。

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2006.09.30

ピンチヒッター その1

9月が終わろうとしているのに、このblogの記事はまだ一桁。ちょっとサボりすぎたかな。

先日の第2回目、日本語教室ピンチヒッター参加の様子も忘れないうちに。

これぞボランティア教室という日だった。新しい学習者が来た。小さな男の子のお母さんで、タイ人ではないけれど、タイ語が通じる国。私のタイ語も少し役立ったかな。まだ日本語はほんの少ししか勉強しておらず、彼女が入るクラスがない。どうも同じレベルの学習者がいるらしいのだが、今日はお休み。『みんなの日本語』で言えば、1課からはじめてもいいくらいなのだが、今日の一番下のクラスは8課。どうする?すると市の担当者が「帰すわけにはいかない」。なんとか8課のクラスで頑張ってもらうことにした。次回からはもう少し下のレベルがある別の曜日に参加することにして、今日のところは雰囲気だけでも味わってもらえたかしら。

市の担当者の「帰すわけにはいかない」という言葉には拍手を送りたかったけど、新しい学習者が来たときに、日本語のレベルをはからないでどうするの?よく考えてみると、この教室には、学習者のレベルを見極めるスキルを持つ人がいない。クラス編成もあらためて聞いてみたら、なにやらおそろしいことになっていた。私が受け持っている『みんなの日本語Ⅱ』(現在26課)が中級クラスと呼ばれていたり、ひとりで2課と8課を受け持っている人がいたり(両方のクラスの生徒が来たらどうするのだろう?)『みんなの日本語Ⅰ』程度のレベルの人が中級もしくは上級のクラスにいたり(尤も、このクラスはおしゃべり中心のようなので、勉強するよりはおしゃべりしたいと言うことなのかもしれないが)、全体を見回したら、頭を抱えそうだ。前回は目の前の学習者だけを見ていたから、気がつかなかったけれど。本来私が悩むことではないけれど、これからどうするのだろう、とても心配になる。指導者が圧倒的に少ない現状ではどうしようもないのだけれど、そのための先日の講習会ではなかったのか。さらに、全体をまとめるコーディネーターがいないのが、一番の問題と見た。隣のKI市の日本語教室では、コーディネーターがいて授業以外のいろいろなことをまとめているらしい。これは絶対に必要なことだ。私が参加していた頃は、市の担当者が日本語ボランティアだったから、彼女がコーディネーター的な役割も兼ねていた。スタートしてすぐの、佳き時代だったのかな。いえいえ、今度の担当者だって、きっと気がついているはず。何らかの対策はきっと立てるでしょう。

この日の本来の私の役割は、26課の復習をやること。先週「ほとんど終わっちゃったんですけど」と言っていたが、先週来なかった人もいるようだし、「~んです」の3パターンからはじめた。ところが「~んです」の前に普通形が来るということが定着していないようだ。「普通体」と「ていねい体」、「ていねい体」の中の「普通体」。ここいらはわかったと自己申告されても、実際はわかっていないケースが多いから、きちんとやりたい。さらに応用問題になって、「~んですが、~ていただけないでしょうか?」あたりになると、て形にするんだか、普通形にするんだか、混乱しているのが見て取れた。来週は先に進まないで、少し「フォーム(形)」の復習をしようか。

授業が終わった時、「今日は楽しかったです」と言われた。そうだね、来週も楽しくフォームを勉強しようね。

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2006.09.23

日本語教室、ひさしぶり!

K市でやっている日本語教室。どうしてもボランティアの都合がつかないとのことで、5回のレッスンを頼まれてくれないだろうかとの打診があった。12年前から始まったこの日本語教室。私もここで大きくしてもらったから快諾した。そのレッスンが先日あった。

ボランティアの指導者は日本語教育能力試験を受けるため、勉強に専念したいとのことらしい。私が受けた頃は1月だったが、最近は10月に試験がある。日本語能力試験を受ける生徒を抱えている人は、大変だろうなぁ。Kさんも頑張ってね。

最低でも10分前には、教室に着くようにしているので、当日も開始15分前に到着した。夜7時から9時までの日本語教室。会場は地域の公民館。入り口こそ電気がついているが、今日は他に使う人たちはいないらしく中は真っ暗。とはいえ、勝手知ったるなんとやらでずんずん入っていく。誰もいないので、そのフロアーを探索してみた。大会議室。ここは今日の教室。図書室はパスして、その隣の小会議室。そういえば、12年前の9月に第1回目の授業を行なったのはここだった。何にもわからず、どうしたらいいのか困っていた私が、あの辺に座っていたんだ。そんなことを思い出した。その隣の和室は、第1回目のスピーチの会が行なわれたところ。あいにく、私は初級クラスを受け持っていて聞くことはできなかったけど、後でビデオを見せてもらったっけ。

探索も終わって教室に戻ると、もう7時だ。でもまだ誰も来ない。ちょっと不安になっていると、駐車場に車が入ってくるのが見えた。7時過ぎてから到着っていうのは・・・ま、アジア時間ってことで。

3つのクラス(初級1、初級2、それからもうひとつは中級か上級か)に分かれて授業をしているらしい。私が受け持つのは初級2のクラス。全員揃えば11人とか。今日はそのうち何人来るのだろう。まだ2人しか来ていないけど。自己紹介をしながら、日本語のレベルをみると、2人ともかなりできる。今日は『みんなの日本語』の26課をやるように言われているけど、簡単すぎない?

そこへ見慣れた顔が。Kさんだ。「今日までやる」と「今日から休む」が、うまく伝わらなかったようだ。せっかく準備してきたのなら、おやりなさい。私は見てますよ。ちょっと咳もでてるし・・・。すると、目の前にいるやけに流暢な日本語を話すVさんは、敬語について勉強したいという。それなら、私が彼女を担当しましょう。準備はしてないけど。ということで、今日はお母さんが日本人なので、話すことはまったく問題がないけど、自分では問題意識を持っているVさんと敬語の勉強になった。

実は、私は初級の学習者を教えることに一番自信を持っている。まったく日本語が話せない人が、どんどん話せるようになっていくのを見るのは、とてもすばらしいことで、その辺のお手伝いが一番上手だと思う。ところが今日の学習者は言葉を選ぶ必要のない、上級レベルの学習者。巷で使われている容赦のない日本語も理解するし、若者言葉は私以上に知っているだろうし、果たしてお役に立てるのかどうか。テキストは「みんなの日本語」しかないので、49課、50課の「尊敬語」「謙譲語」を勉強することにした。49課、50課は、日本の若者にも勉強させたいと思っていたところなので、今日のテーマには合っているかも。ということで、2時間、敬語について学習したのでした。

途中、隣の席で勉強している初級1のクラスの学習者が、私のペットボトルの水を指さしている。爽健美茶のボトルに水を入れて持ってきたので変だと思ったのか、その辺はわからないのだが、どうも「○○の○○」を勉強しているようだ。ボランティアが「あれはmeewさんの水です。meewさんのです。」と言っていたから、2課かしら。授業が終わる頃、そのクラスのボランティアが「来週も来れますか?」とたずねていた。2課の段階では「来る事ができる」という意味の可能動詞「来られる」をまだ学習していないから、使えないはず。「来ました」は1課で既習だから、ボランティアが「来週も来ますか」と言ったのなら、何も違和感を覚えなかった。ところが、「来れますか」は、まずいでしょう。27課で可能動詞を教える時に、Ⅲグループの可能動詞は「します→できます」「来ます→

さて、何と言うのかしら。教科書には「来られます」と書いてあるけど、その時だけ「来られます」かしら。日本人が思っている以上に、外国人は言葉の一音一音に敏感だから、きっと混乱してしまうはず。「世間では「来れる」と言う日本人もいますけど、これは本当は間違っているんですよ」そう言えなくなってしまう、自分がそう言っていたら。学習者は、そういう間違った日本語を話している人から日本語を学びたいと思うかしら。こういうことをするから嫌われるんだろうけど、これは見逃すわけにはいかなかったので、机を片づけている時に、そばに行って「来れるじゃなくて、来られるだよ」と言ったけど、わかったかな。わかってほしいな。ミモザ先生の講座を一緒に受けたんだから。

久しぶりに参加した日本語教室。「楽しかった」が一番大きな割合を占めるけど、不可解なことも。いつかも耳にした「ここは文法のクラスだから・・・」昼間に漢字クラスがあるとは聞いてるけど、文法のクラスとはいったい。文法のクラスだから、日本語能力試験の問題をやっていると注意され、会話をやっていたり、発音を直していたりすると、やっぱり注意されるのかしら。私が参加していた頃の雰囲気とまったく違う。当時はクリスマス会はもちろん(モスリムもいたけど、彼は、インターナショナルモスリムだからいいんだって言ってた)、誕生日会なんて言うのもしょっちゅうやっていたなぁ。お茶当番がいて、毎回途中にコーヒーブレイクをして、わいわいみんなで話していた。サプライズB-パーティは前半は普通に授業をしていて、B-dayカードにコメントを書いてもらって、コーヒーブレイクに隣の部屋に隠しておいたケーキを持ってきて、驚かす!なんてことをしょっちゅうやっていた。なぜか私がゲーム担当になっていて、いろんなゲームで遊んだ。私のモットーは「楽しくなければ日本語教室じゃない!」だったから、なにしろ、楽しむことばかり考えていた。もちろん、共通言語は日本語だから、遊ぶのだって、日本語を使わなくちゃならないから、黙っていたら遊べない。学習者同士のつながりももっとあったみたい。(そういえば、教室で知り合って結婚したカップもいたっけ。教室に誘ったのは、なにを隠そう!私だった)かなりのエネルギーが要るから、仕事が終わって、(たぶん)へとへとになってボランティアをする状況では、そう簡単にはできないけど、せめて、途中の休憩はあったほうがいいと思うけど。

次回から本格的な参加。4回以上続けるつもりはないけど、少し、雰囲気を変えられるかな。遊んでも、楽しんでも、日本語が上達すれば良いんだってことを、わかってほしい。

暗闇の中、階段を降りる時、最後の一段を踏み外して転んでしまった。気をつけなくちゃ。

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2006.07.22

IL DIVOの日本語

DVDプレーヤーを移動してPCに画像を取り込むことができるようになったので、先日スカパーで放映されたIL DIVOの番組から、日本人教師ネタを・・・。

IL DIVOは去年の9月に来日していて、番組の中では当時の映像も紹介されていた。デヴィッドが日本語でメンバー紹介をしている。ここでその様子を再現。

こんにちは。へい、あ、いらっしゃ・・いらっしゃいませ。
僕たちは IL DIVOです。僕の名前はデヴィッドです。アメリカ人です。
それはカルロスさんです。スペイン人です。
それはセバスチャンさんです。フランス人です。   
・・・とあれは・・・ウルス人で・・あ、ウルスさんです。スイス人です。

これが、(ミモザも)おどろくほど流暢な日本語。音楽家は耳がいいというのはほんとだ。はじめの「いらっしゃいませ」は、お寿司屋さんのようで愛嬌たっぷり。ここで特筆すべきは、「それ」と「あれ」。「これ」「それ」「あれ」は話し手から見て「近称」「中称」「遠称」に分類されるケースがあるが、もちろん人間には使わない。誰が教えたか、同じ指示詞でも「こちら」「そちら」「あちら」にしておいてくれたら、間違いじゃなかったのに。自分の名前には「‐さん」をつけないってことがきちんとできてたのは、デヴィッド、すごい。ウルス人って、どこの国?なんって思ってしまったけど、「じん」と「さん」、両方とも「ん」で終わるからまぎらわしいよね。それにしても見事な日本語だ。日本公演では、きれいな日本語で歌を披露してくれると見た。

↓はその時(2005.09)の様子。1年近く前なので、どことなく4人が若々しく見える気がする。

M0607221

M0607222

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2006.07.04

ひとりだち

昨夜は、サッカー選手の中田ヒデが現役引退するとのことで大騒ぎだった。知らせを聞いたのはテレビのニュース番組だったが、ネットのニュースを見たら、またしても私の関心は中田ヒデの動向より、こんなことの方に。

最初に見たasahi.comのニュースは、こちら。ここの最初の文はこうだ。

サッカーの日本代表、中田英寿選手(29)は3日、現役を引退することを自身のホームページで発表した。

これは、今朝の朝日新聞の一面トップの最初の文とまったく同じだ。ネット上だけでなく、紙面でも同じだった。さらに、昨夜のその後のテレビニュースでもはっきりと「自身のホームページで発表しました」と言っていた。

私がこの文に引っかかるのは、「自身」の使い方。私なら、「彼自身のホームページで・・・」としたい。最近、ネットの書き込みやタイトルなどで、このように「私」自身、「彼」自身の私、彼が省略されているのを見かけ、その度に落ち着きの悪さを感じていた私としては、ああ、とうとう、この落ち着きの悪さは私だけのものになってしまったのかと、少々、もどかしさを感じるのだが、しかたない。新聞で使っている日本語が間違っているなんて、到底言えないだろうから、大きな声では。

この「自身」のほかにも、ひとりだちする言葉として、気になっているのが「結果」。

結果、彼女はあらわれませんでした。
今回のワールドカップでは、結果が出せませんでした。

こんなふうに使われていることが多い。はじめの文は「その結果・・・」としてほしいし、次の文は「いい結果が出せませんでした」としてほしい。結果は、いい結果だけではなく悪い結果も結果だと思うんだけど。こんなふうに「その」、「いい」、「悪い」等がとれた「結果」、「私」「彼」等がとれた「自身」のように、ひとりだちする言葉が多い気がする。そんなに手を抜かなくても、ちゃんと話せば!ちゃんと書けば!と思うけど。時代の流れだからしかたないのかもしれない。そのうち、「課長が行けないので、代わり、私が行きます」とか「さっき横断歩道でおばあさんの手を引いてあげたんだ。今日はおこないをした」なんて、言うようになるのかもしれないが、本当は、そんなふうになってほしくない。でも、ひょっとしたら、もうそうなっていたりして・・・。

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2006.07.03

日本語教師の深読み

ネットで、こんな文をみつけた。

「今日中に仕事が終わらないと、旅行にいけないよ。残業だよ」と従業員をもどかしてみる。

「もどかす」がわからなかった。早く仕事終わらせようといってるから「急がせる」の意味かな?もどかす。もどかしい。もしや、もどかしい(形容詞)の動詞化?「悩まされる」とか「決めるのが難しい」という意味で、「悩ましい」を使うことが最近多いように思うのだが、また新しい言葉か?

まずは、辞書を引いてみた。広辞苑にも載ってなかった。最近の若い人たちはこういう言葉を使っているのかしら?若い人たちの言葉に、容易に出会える場所がインターネット。さっそくググって見た。(この「ググる」も新しい言葉。検索するでもいいんだけど、googleを使ってけんさくしたから、「ググる」。でも、yahoo!で検索する「ヤフる」は市民権を得ていないみたい)すると意外なことを発見。

「もどかす」は宮崎の方言で、「からかう」ということだった。そうか、従業員をからかったのか。深読みをした日本語教師は、新しい造語方法まで考えてしまったよ。(たどたどしい→たどたどす、やかましい→やかます・・・←これ嘘の日本語ですから!)もっと素直に物事を見なくてはね。

しかし、私の好きな言葉「うるかす」だって、知らない人にはまったくわからないだろう。辞書を引いても載ってないしね。福島出身の母、新潟出身の祖母が使っていた言葉で、我が家で当たり前の言葉も東京では誰も使っていなかった。でも、こんなふうに使うから、文の中で読めばすぐにわかると思うけど。

赤えんどう豆を一晩うるかしておいて、明日豆寒を作ろう!

「うるかす」、漢字で書くと「潤かす」。浸すでも、潤う(うるおう)でも潤す(うるおす)でもなく、「うるかす」。「浸す」は、水の中に入れたその状態(豆を浸す)。「潤う」では水分が足りなく(豆が潤う)、「潤す」だと主格がずれてしまう(水で豆を潤す)。「液体の中に何かを入れて、その何かに水分を吸収させること」が「うるかす」の意味。ほかのどの言葉でもこの意味はあらわせない。それなのに、使う人の少なさ。日本中の人に使ってほしい。

先ほどの「もどかす」も、ただからかうのではなくて、相手にもどかしい思いをさせる「からかい」からきてるのかな。そう思うと、この言葉もすてきに思えてくる。

ところで、一晩うるかしておいた例の赤えんどう豆。ちゃんと水が吸収されたかな?その時は何というんだろう?つまり豆を煮てその変化の結果、「豆が煮えた」。①豆がうるかった。②豆がうるけた。するとそこへサーミーが来たので聞いてみた。もちろんこんな言葉はないからおあそび。するとサーミーは「③うるんだ。いや、④うるいたかなぁ」と言って、タタの頭を撫でて(それとも「なぜる」。どちらを使いますか?)行ってしまった。

「ふやかす→ふやける」、このルールを当てはめると「うるかす→②うるける」どうやらこれが妥当かな。「おどろかす→おどろいた」から「④うるいた」も考えられるけど、どうも落ち着きがよくない。では、昨日一晩うるかしておいた赤えんどう豆、うるけたかな?うまくうるけていたら、やわらかく煮よう。今日のおやつは豆寒だよ!

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2006.06.12

宿題

「生徒は宿題をしません」タイ語を勉強していて、この文をタイ訳せよという練習問題があった。単語欄には、宿題 การบ้าน とある。導き出される答えは นักเรียนไม่ทำการบ้าน。

ちょっと思うことがあった。「宿題」という言葉だ。日本語を教えていると、この言葉が出てくる。忙しく働いている生徒にあまり宿題を出すことはしないが、それでも時々、「これ、宿題ね」といって、プリントを渡すことがある。宿題という単語はもちろん辞書にも載っているし、私が使っているテキストの語彙帳にも乗っているから、お互いの認識に間違いはないと思っていた。

ところが先日、ちょっと込み入った練習問題をやっていた時、「これ、宿題(です)」と生徒が言い出した。え、今やっているのに、どうして宿題?それに、宿題はあなた(生徒)が出すんじゃなくて、私(先生)が出すものだよ。彼女はタイ人なのだが、宿題という単語を語彙帳で確認すると การบ้าน とある。彼女は この練習問題は การบ้าน であると言い、私はこの練習問題は宿題ではないと言う。

よくよく聞いてみると、 การบ้าน というのは、家でする勉強のことらしい。宿題とは必ずしも一致しない。国語辞書で「宿題」を引いてみた。「宿題①学校で前もって、与えて、自宅でやらせる問題②後日に解決しなければならない問題」とある。学校で、先生が「これは宿題だよ」といった場合、次の時間までに家で(厳密には家じゃなくてもいいけど)やってくること!という意味になる。彼女の子供ももうすぐ小学生。「○○ちゃん、宿題しないの?」「しないよ。今日は宿題、ないもん!」なんて会話をするようになるだろう。その時、戸惑わないように今のうちに直しておけてよかった。

そういえば、なんかおかしいと思うことがあったけど、これが原因だったんだ。いつでもこんなふうにクリアーになるとは限らないけど、すっきりした時はとても気持ちがいい。タイ語との関係はわかったけど、知ったふうに使っている「homework」(英語)や「宿題」(中国語)は、どうなんだろう?わかってると思っていても、実はわかっていないのかもしれない。調べてみよう。

大江千里の曲に「ふたつの宿題」というのがある。この宿題は先ほどの辞書で言うと、②の方の意味だけど、「ふたつの การบ้าน 」とすると、すごく変だ。

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2006.05.26

やっぱり気になる

だいぶ前のこと。お昼ごはんを持ち寄って、みんなで食べる機会があった。日本語の教え方を指導してくださるM先生を囲むプチ昼食会だった。

みなご自慢の料理を作ってきた。ひとりが先生に「これ、いただいてください」といって差し出した。「いただいてください?」口に出さなくてもよかっただろうに、つい口をついて出ていた。さらに、「『召し上がってください』でしょ?」とまで、言ってしまった。

そして思い出した。さらにもっと前のことだけど、珍しくテレビを見ていたら、日本語に関する番組をやっていた。最近ずいぶんとこの手の番組があるようだけど、実はほとんど見ることはない。それがたまたまつけたらやっていて、何かしながらだったけど、なんとなく見ていた。その中で、若手芸人だったか、やくざの手下だったかが、師匠か親分について「もう、ごはんは食べたかな?」と仲間に聞く場面のこの言葉を敬語に直せと、まあそんな内容のクイズだった。正解はもちろん「もう、ごはんは召し上がったかな?」なんだけど、これにかみついたのが、D夫人。「あんなこわい顔をした人が『召し上がる』なんて言葉を使うのは変だわ。せめて、『いただく』くらいでなくちゃ』といった内容のコメントをしていた。

プチ昼食会に戻れば、そういえば、最近この「いただいてください」というのを聞くような気がすると思った。サーミーに聞いてみたら、やはり、よく耳にする気がするという。お呼ばれしたうちで遠慮している自分の子どもに「いただきなさい」というのはわかるけど、「お坊ちゃま、いただいてください」というのはねぇ。

「いただく」は謙譲語。みんなの日本語では50課で勉強する。それだけ難しいともいえるけど、日本人ならちゃんと使ってほしかったな。大の大人に向かって、日本語を直しちゃった私もいけなかったけど。

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2006.04.23

模擬実技

日曜日に開催されている「日本語学習支援ボランティア講座」10年前は目の前にあることしか見えなかったけれど、今ならその先にあるもの、後ろや脇にとりあえず置いてあるものなど、よく見えるようになった。まだまだ見落としているものがたくさんあるんだろうな。すべては無理でも、少しでも多くみつけるつもりだ。

さて、今日は16回のうちの9回目。導入の模擬実技の番だった。ペアを組んだ現役ボランティアのOさんにお願いして、私は大したこともせず、無事終了。・・・だけど、せっかくイメージしたのが頭にあるうちに文にしてみようかしら。日本語教育に興味を持っているhさんも、見てくれるかな。

与えられたテーマは『みんなの日本語』の6課、「NをV」の導入。

6課は、他動詞文が登場。自分の行動の表現の巾が広がる課だ。新出の語彙も、動詞「食べます、飲みます、[煙草を]吸います、見ます、聞きます、読みます、書きます、買います、[写真を]撮ります、します、[友だちに]会います」、名詞「ごはん、朝ごはん、昼ごはん、晩ごはん、パン、たまご、にく、魚、野菜、果物、水、お茶、紅茶、牛乳、ジュース、ビール、ビデオ、映画、CD、手紙、レポート、写真、店、レストラン、庭、宿題、テニス、サッカー、[お]花見、何」、そのほか「一緒に、ちょっと、いつも、ときどき、それから、ええ、いいですね、わかりました、何ですか、じゃ、また[あした]」と盛り沢山。この語彙を見てワクワクするか、うんざりするか。学習者にはワクワクしてほしいな。

今日の模擬学習者はボランティア講座参加者から3名。イギリス人のダイアナさん(本当は日本人のTさん)、韓国人のチェ・ジウさん(本当は日本人のMさん)、それからタイ人のセークさん(本当は日本人のA君)この3名がにわか外国人日本語学習者になり、模擬授業を受けるというわけだ。

まず最初に新出語彙の読み合わせ。学習者の持っている語彙帳にはそれぞれの言葉でそれぞれの単語の意味が書いてある。ちなみに、タイ語の語彙帳はこんな感じ。

M0604232

『みんなの日本語 初級Ⅰ翻訳・文法解説』(語彙帳)を取り、
42ページ。食べます、はい(学習者にキュー)」「たべます」「飲みます」「のみます」・・・・

それぞれの単語の意味を理解したところで、導入です。今回の模擬では11ある動詞のうち、はじめのふたつを取り上げることにした。「食べる」と「飲む」、「見る」と「読む」は間違えやすいので、練習には時間をかけていたから。模擬の時間も限られているので今回は「食べる」と「飲む」だけにした。(←ここでは「食べます」と書いてないことに注意!*1)

ポケットからチョコレートの包みを取り出し、
チョコレートです
包みを破り、口に入れる。
食べます 黒板に [チョコレート   たべます]と書く。「チョコレート」と「たべます」の間に赤で「」と書き入れ、ここには「を」という何か(実は助詞)が必要なんだということを類推させる。「チョコレートを食べます。はい(キュー)」学習者(はは~ん、日本語は名詞と動詞の間に何かへんてこなものを入れるんだなぁ)「チョコレートをたべます」この辺で採れたイチゴを取り出して「イチゴ・・・」「イチゴをたべます」指導者(よしよし、助詞の「を」を入れるんだって気がついてくれたね)「そうです!
絵カードを取り出して、「セークさん、パン」セーク「パンをたべます」「チェ・ジウさん、たまご」「たまごをたべます」「ダイアナさん、肉」「にくをたべます」・・・

「Nを食べます」はわかったようだ。では、否定文を作ってもらおう。朝ごはんの絵カードを取り出し、
朝、7時です。朝ごはんです。」絵カードはしまい、「朝ごはんです。セークさん、ラーメンを食べますか。」セーク(えっ!日本人は朝からラーメンを食べるのかなぁ。僕はラーメンは食べないよなぁ・・・)「いいえ、たべません。」「ごはんを食べますか」セーク(ごはんって、日本の?あれっておいしくないんだよね、タイのカオニィアオと違ってさ)「いいえ、たべません」はて、では何を君は食べるのかねという表情で、「セークさん、何を食べますか」セーク「パートンコー(*2)をたべます」(否定文も疑問文もOK。さすがセークさんだね)「そうですか。」同じようにチェ・ジウさん、ダイアナさんにも質問する。

次は「飲みます」だ。紅茶のボトルを示し、「紅茶です。飲みます」「こうちゃをのみます」飲み物の絵カードで「ダイアナさん、紅茶」「こうちゃをのみます」「チェ・ジウさん、ジュース」「ジュースをのみます」「セークさん、ビール」「シンハー・ビール(*3)をのみます」ハハハ、さすがタイ人!

昼ごはんの絵カードを示し、「12時です。昼ごはんです。」「チェ・ジウさん、お酒を飲みますか?」「いいえ、のみません。」(だよね、普通は。でも彼はどうかな?)「セークさん、昼ごはんです。ビールを飲みますか?」「はい、のみます。」(やっぱり。イギリスでの英語留学時、授業中机の中にビールをしのばせていたというツワモノ。でも私の授業中は飲ませないぞ!)

「Nを食べます」「Nを飲みます」上手く言えたようなので、仕上げ練習。ここではフラッシュ・カードを使おう。食べ物と飲み物の単語を紙に書いて、学習者の前に示す。「食べます」のグループ、「飲みます」のグループ、それぞれ分けて練習したら、シャッフル。「たまご、パン、水、肉、紅茶、ビール、牛乳、肉・・・」 「食べます」と「飲みます」、どちらが出てくるかな。混同しないようにね。「たまご・・を、の、たべます」「パンをたべます」「みずを、の・・のみます」「にくをたべます」「こうちゃを・・・のみます」「ビール(まかしとけ)をのみます」・・・・

ということで、模擬実技終了!大体こんなふうに日本語のレッスンというのは行われている。既習の文型、既習の単語を使って、知識を積み重ねて正しい日本語にもって行くので、そこに至るまでは、目をつむってもらわなければならない日本語を使わざるを得ないが、これはどうにも仕方ない。この課では特に気になる点はないと思うが、日本語の初級学習者に対しては温かい目で見守ってあげてください。

注 *1 初級日本語学習者に対しては動詞は「ます形」と呼ばれる「~ます」の形で提示される。日本人同士ならば「食べる」「飲む」というが、6課の段階では日本語学習者はまだその「形」を学習していない。ここではblogの読者向けにいわゆる終止形(日本語教育では「辞書形」)で書いてある。

  *2パートンコー:漢字では「油条」と書く。揚げパンとも言われる。朝ごはんに食べる。一般的には豆乳と一緒に食べるが、私はそれだけを食べるのが好き。タイの「パートンコー」は小さいが、台湾の「油条」はびっくりするほど大きい。

  *3タイを代表するビール。最近はチャーン、レオ等数多くの銘柄があるようだが、私はビールを飲まないのであまり詳しくない。実は、ここではセークに「M-150を飲みます」と言わせたかったのだが、それではあまりに遊びすぎなので、やめた。

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2006.04.18

見て取る

ここ1週間の間に、テレビでこの言葉を3回聞いた。

先週の金曜日、東京湾でフィリピン船籍の船が沈没したニュースで、リポーターが現場近くの海岸から「ここから船が見て取れます」と言った。さらに翌日の土曜日、フジテレビの夕方のニュース番組の顔、安藤優子キャスターがゆりかもめの事故について「タイヤが外れているのが見て取れます」と言った。この二つの使い方、おかしい!

はっきり見えるのなら、「見えます」でしょう。「ここから船が見えます」「タイヤが外れているのが見えます」だよね。「海岸から富士山が見て取れます」なんて、言わないよ。

またまた、少しがっかりしていたら、昨日。5年前の事件の被害者が、死刑に反対する弁護士に対して「~という意図が見て取れる」と言ってるのが聞こえてきた。「意図」と言ったか「考え」と言ったか、そこは正確には覚えていないが、正しい使い方を耳にして、ほっとした。

言葉を商売にしている人が間違えて、一般人のほうが正しく使っている。いいのかなぁ。間違えて使っている人たちはオピニオン・リーダーとしての役割も担っているんだから、もっと真剣に言葉に取り組んでほしい。頼みますよ!

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2006.04.05

kin si は禁止じゃない

今日はタイ人、Kの日本語のレッスン。命令形と禁止形の勉強。命令形をひとあたりやって、それから禁止形。

命令形はⅡグループの「ます形+ろ」(食べ+ろ)は簡単でも、やはり面倒なⅠグループ。-ますの前の音が「イ段」から」「エ段」に変わる(書き-ます→書け)。Ⅲグループは「来ます」が「来い」、「します」が「しろ」とこれまたイレギュラー。孤立語をはなす彼女はやる気はあっても、やっぱりうんざりしている様子。じゃあ、今度は楽な禁止形だよ。「辞書形+な」だからね。

すると彼女、こんな質問を。「息子が、『ママ、これ、食べな』って言うけど、これはなんですか。」

「食べるな」と「食べな」。意味が全然違ってしまうんだよね。「食べるな」は"อย่า กิน” (yaa kin)で、「食べな」は "กินซิ” (kin si)だね。説明の後、彼女はノートに何か書き始めた。「食べるなは、kin si で・・・・」おっと、Kちゃん、違うよ。そう言いながらノートを見たら、「食べるなは禁止で・・・」と書いてあった。

กินซิ と「禁止」。音がよく似ている。でも、กินซิ は禁止じゃない。二人で大笑いした。

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2006.03.27

「大丈夫」

先日、ファーストフードの店でフライドポテトを注文した。ケチャップが欲しくてカウンターにもらいに行った。すると若い女性店員が「1つで大丈夫ですか?」

またある日、おすし屋さんへ入った。おいしく食べてお茶を飲んでいた時、店員が来て、「お下げしても大丈夫ですか?」

また別のある日は回転寿司。隣に座った人たちが精算を頼んで、カウンターの上の皿を重ねていた。精算に来た店の人が「あ、大丈夫ですよ。」

かわいい猫がいるペットショップ。飼い犬のことで相談しているらしい客。カウンターにあるパンフレットをもらってもいいか訪ねている。するとペットショップの店員が「大丈夫ですよ。」

これは全部本当に私が遭遇したことだ。すべて「大丈夫」ですましているけど、ちっとも大丈夫じゃない!「大丈夫」という言葉は、そこに何か問題があるか、これから問題が起きるかもしれないという前提の元に使う言葉だと思うから。さらに、3と4の事例のように、目上の人の行為に対して使う言葉ではない。店側が客人に対して「大丈夫です」だなんて、納得がいかない。

しかし、この「大丈夫です」はもう氾濫しきっていて、どうすることもできそうにないから、ただひたすら聞かなかったことにしようと努力するだけ。

ちなみに「大丈夫」を、一番最初におかしいと思った例はこれ。

我がK市と姉妹都市にあるアメリカのM市から夏休みに高校生が遊びに来た。日本語は簡単な挨拶を習った程度。ある人の家で果物を勧められて「大丈夫」と言った。よく聞いたら、いらないという意味だった。その直後アメリカ人ALTとデニーズへ。「コーヒーのお変わりは?」と言われて、すでに日常会話はできるようになった彼女も「大丈夫です」。

この頃は外国人の誤用だと思っていたけど。もう10年も前の話。

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2006.03.26

セレブな日本語

「セレブが案内するアジア」とかいう番組を見た。あいにくタイは紹介されなかったけど、セレブといわれるマダムの話しかたが気になった。セレブといわれる人たちはみなどうして同じような話し方になるんだろう?

デビ夫人とか叶姉妹とか・・・。今日見たマダムも同じようだった。「とても健康によろしいの」

セレブといわれるようになると、みなそんな風に話すんだろうか?

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2006.03.19

「お勉強」と「勉強」

今日も楽しい日曜日。M先生の「日本語学習支援ボランティアのための講習会」の日だ。

教室に入ると、なにやらマイクのセッティングをしている。かなり大きな録音機もある。先日は広報に載せる写真を撮りに来たけど、今度は録音?でもいったい、何のために。

市の担当者に聞くと、「今日欠席する方がお勉強のために、先生の講義を録音して欲しいと連絡してきたので」とのこと。ここで、私はひっかかった。「お勉強」という言葉に。meew 「お勉強ですか?勉強じゃなくて」すると担当者「どちらでもいいです」

「お勉強」と「勉強」、同じですか?「お仕事」と「仕事」、「お遊び」と「遊び」、同じですか?彼女は「お」をつければ丁寧になると思って「お勉強」と言ったのだろうが、お勉強、お仕事、お遊びという言葉には、本来の意味より低く見た意味合いを感じる。録音を頼んだ人も遊び半分ではないから依頼したんだろうに、「お遊び」っぽく聞こえてしまう。

なんにでも「お」をつければいいと思うのはおお間違いじゃなくて、大間違い!

録音の話に戻れば、授業の録音は基本的にNGだと思う。だいいち、講師に対する権利の侵害だし、休んだ時は誰かにノートを見せてもらうとかするべきだと思う。件の依頼者は「ひとりでも反対する人がいたらけっこうです」と言っていたらしいので、私がその反対したひとりということで、録音は取りやめになった。でもさ(また、文句言うけど)、録音機を準備するよりみんなの意見を聞くほうが先じゃないの?

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2006.03.11

日本語ジャーナル 復刊!

m060311日本語関係の雑誌はそれほど多くはないけど、語学関係の出版で有名なアルクからもいくつか出ている。以前は日本語学習者向けに『日本語ジャーナル』というのがあった。読み物は学習者の間でも人気があり、楽しみにしている人もけっこういた。しかし、そう売れるものではないのは確かだ。2005年の3月号で休刊となっていた。

アルクからは日本語教師向けの『月刊日本語』もでている。日本語教育にかかわるようになり、私も初めの頃はこの『月刊日本語』を購読し、日本語教育能力試験のための記事を読んだものだった。しかし、試験に合格してからは魅力も失せ、『日本語ジャーナル』にのりかえた。私自身も巻末の読み物を楽しみにしていた。これにはCDがついていて、生徒に貸す前に、まず私が車の中で聞くのが常だった。

その『日本語ジャーナル』がなくなり、『月刊日本語』に戻っていたのだが、あいかわらず日本語教育能力試験のための問題ばかりで、おもしろくない。とうとう定期購読をやめてしまった。アルクというのはとても熱心なところで、定期購読を更新しないと、必ず2回お知らせがありその後電話がかかってくる。電話では、『日本語ジャーナル』がなくなり『月刊日本語』がその代わりにはならなかったと話すと、しかたないと思ったのか無理強いはなかった。

そんなことがあったのは今年のはじめ。2月の終わりにアルクからはがきが来た。『日本語ジャーナル(オンデマンド版)』のお知らせということで。以前の『日本語ジャーナル』は1180円(CD付)だったが、オンデマンド版は1680円(CD付)。この値上げはとても痛いけど、あの『日本語ジャーナル』がまた手に入るのなら、こらえよう。年間購読を申し込んでおいた。『日本語ジャーナル(オンデマンド版)』は2006年1月号より復刊で、実施には3月16日に1月号から3月号までの3冊同時の送付開始となるらしい。気がつけばもうすぐ。楽しみだ。

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2006.02.19

恩師に再会

10年以上も前だとは!

私に日本語の教え方を教えてくださった先生に再会!日本語学習支援ボランティアのための講習会が今日から始まった。私はすでに受講しているんだけど、この町にM先生がいらしてくださるのなら是非行かねば。アメリカ旅行で10年前の先生の講座を2回休んでいるから、その穴を埋めるためにも。(もっともこの時、アメリカの高校での日本語授業の様子を見てきたんだけど)

日本語教育能力試験にも合格して、現役のプロの日本語教師として・・・バリバリ・・・(?)・・・やっているmeewさんには、必要ない講座だけど、初心に戻ってもう一度聴いてみたい。発見はどんな時にでもあるものだから。恩師のM先生がこの町に来るというので、私はじっとしていられなかった。

久しぶりにお会いした先生は相変わらず元気で、今日もまた、いろんなことを教わった。10年前にはじめて聴いた時は、どきどきしてよくわからなかったことが、今ではよくわかり、見えなかったこともよく見えて、これからの計16回の講義をとことん自分のものにしようと思った。よく見えるって言うのは、楽しいことだ。

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2006.01.18

これは日本語じゃない

広いお風呂に入ると、それだけで気持ちがいい。先日、スーパー銭湯に行った。男湯での出来事をサーミーが話してくれた。

ずいぶんと子どもに見える3人組が韓国式アカスリの部屋のドアの前で何か話しているらしい。聞くともなく耳にしたのは「これは日本語じゃない」の声。アカスリの部屋のドアに貼ってあるのを見て、なにやら言ってる。「じゃ、声出して、これ読んでみろよ」

サーミーは私と違って、何にでも首を突っ込むタイプじゃないから、素知らぬ顔でその場を離れたらしいが、脱衣所で一緒になった3人組は、制服を着て出て行ったらしい。高校生と見たらしいけど、休日に部活?家の風呂が汚れるから、帰りに風呂に入って来いって言われたのかしら?それとも塾帰りの仲良し3人組?残念なことに当の3人組にはお目にかかれなかったけど、その問題のポスターは、見てこなくちゃ。男湯も女湯もそうは違わないでしょう。

そのアカスリ部屋は浴室にあるけど、入ってすぐのところだから、服を着たまま行ってみた。何枚か貼ってあるけど、これらしい。ふ~む。

メチャクチャな日本語とまではいえないけど、句読点の使いかたがおかしかったり、誤植があったりして、厳密な意味では「日本語じゃない!」。日頃私が文句を言ってるようなことを、そんなこと言いそうにない高校生が真剣に話していたので、サーミーはおもしろかったらしい。私はまだまだ日本も捨てたもんじゃないねと大喜び。

その3人組に敬意を表して、「これは日本語?」シリーズを近々展開することにする。見聞きしたおかしな日本語をメモしていこうと思う。斉藤君、日本語、これからも頑張ってね!

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2005.12.04

日本語能力試験

今日は日本語能力試験の日。今年の受験生はかわいそう。こんな寒い日で。

去年は直接指導している生徒が何人か受験した。寒さのことを心配していたら、去年は割合暖かい日で、その点はよかったんだけど、電車のトラブルがあって、大変だったようだ。

今年は直接指導してはいないけど、知ってる人が何人か受験する。こんなに寒くて大変だったろうね。でも1年間の努力の結果を出し切ったと信じてるよ。この試験で終わりじゃないから、この後も、頑張ってね。

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2005.11.02

新方言

こういう仕事柄(日本語教師)、言葉には興味を持っている。が、「新方言」は嫌いだ。どうして?といわれても、嫌いなものに、実は、理由はない。「嫌いだから嫌い」なのだ。理由は後からいくらでもつける事ができる。

幸い、回りに若い人たちがいないので、新方言にはそれほど接しないですんできた。時折、雑誌でこういう言い回しがありますよと知らせられるくらいだった。が、インターネットが発達して、blogをやるようになると、そうも言っていられなくなった。私のblogで用いることはないが、楽しみに読んでいる若い人たちのblogの中には、時折意味がわからない言葉が潜んでいる。いや、ちりばめられていることだってある。

野良犬が嫌いな人は、町を歩く時、気をつけて歩かなくてはならない。いつ何時、いきなり野良犬が飛び出してくるかもしれないから。曲がり角では立ち止まり、辺りを見回すだろう。私もちょうどそんな思いを感じた。

仕事では、細かいことで日本語を直し、練習させ、定着させているのに、インターネットの世界では、ああ、なんということだろう。その差を楽しむ余裕はなく、実は困っている。疲れている。

そこで、みなさんにお願いです。このblog内では新方言を使わないで下さい。新方言があった場合、精神衛生上よくないので、訂正しちゃうかもしれません。

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2005.10.16

ルール

もうこれから先長くないのだから、嫌いな音楽は聴くのをやめよう。これからは好きな音楽だけ聴こう!そう決めてからかなりになる。だから、私が聴く音楽はものすごく、偏っている。

最近では、さらにこのルールを映画にもあてはめている。映画好きといえるほど、映画を見るわけではないが、好きな映画は何回も見たりする。でも、どうしてもついていけない映画もある。以前は最後まで見なくちゃ・・・と思っていたけど、ええい!と途中で止めてしまうのも潔いかも。

その途中で潔く止めたのは「下妻物語」。サーミーが先に見て、ゲラゲラ、ゲラゲラ、笑いっぱなし。「漫画みたいで、おもしろいよ」というので、ちょっと期待してみた。でも、駄目。言葉遣いは悪いし、乱暴だし、もうかたっぽはジャスコ、バカにするし・・・。感動するところも、共感できるところも、気分が昂揚するところも、もちろん癒されるところも・・・ナシ。途中でギブアップすることに決めた。

ところがどんな映画でも心に残っているシーンはあって、この映画でも、深田恭子扮する桃子が「人に物を貸