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2010.08.15

เป็น と คือ

通っていたタイ語学校での出来事。
初級以前の入門クラス。นี้คือนาฬิกา 「これは時計です」を勉強していた。ある生徒が、「前に、 เขาเป็นคนไทย (彼はタイ人です)を勉強しました。เป็น も「~です」ですよね。じゃ、นี้เป็นนาฬิกา とも言うんですか?」と質問した。先生はタイ人。こともなげに「はい、言います」

10年来、何冊も参考書を買い込んで独学を続けた来た者としては、こうも簡単に「เป็น」でも「คือ」でもいいんですよと言われて、びっくりしてしまった。そこで、先生に本当にどちらでもいいのかと聞いたところ、「両方使う」と言う。今まで私が勉強してきたのは一体なんだったのだ。同じクラスにいる人たちは初めてタイ語を勉強する人たちで、先生がそういえば、そうなんだと納得しているけれど、どの文法書を見ても従属性を表すเป็นと、同一性を表すคือと説明されている。初級以前の入門クラスでこの話題を取り上げるのは、日本語の勉強を始めたばかりに人に「は」と「が」の違いについて説明するのと同じことで、本来言及してはいけなかったのだ。うまくスルーするべきだったのが、「どちらを使ってもいい」と思わせるその先生の説明に、その時の私は唖然としてしまった。

そして先日、そのなぞが解けた。ずっと、その時のタイ人先生が間違っていると思っていたが、実はそうではなかったのだ。ペンを取り上げ、นี้คือปากกา と言えば、見ての通り、「これはペンです」。ところが、「ちょっと話が込み入っててね、そうそう、このペンで説明しようか。たとえばこのペンをAさんとするよ。Aさんがこんな風に歩いていたら、そこへBさん。こっちのペンをBさんとするね。Bさんが歩いてきて・・・・」と、こんな風に説明する場合の、「これがAさん」は  นี้เป็นคุณ Aとなるのだそうだ。「เป็น」の「~になる」「~とする」の用法と言うわけだ。

เป็นは繋辞動詞(コピュラ)としての使い方だけでなく、เป็น~で副詞的にも使われる。最近、ようやく、このเป็นの使い方がわかってきたような気がする。ちょっと遅すぎる気もするが・・・。無よりは良しとしよう。

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