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2009.04.26

さよなら、トト

10日ほど前の金曜日、4月17日に、うちの猫「魚(トト)」が亡くなった。あと少しで18歳になるはずで、まったく当たり前になるはずだと思っていた。

2週間くらい前から食べなくなって、最後は水すらも飲まなくなって。18歳にあと少しだから、長生きといえるだろう。寿命があるとはわかっていても、いつまでもいつまでも、そばにいて欲しかった。それは私だけでなく、サーミーも、いつもくっついていた猫のタタも同じだ。ここ10日間は、みんな、空虚の中を生きていた。

トトの具合が悪くなった頃、ある添削サイトを知った。日本語を教えている生徒の1人が教えてくれたものだが、「先生もタイ語を書いたら、誰かが直してくれますよ」と言う言葉に惹かれた。そのサイトにサインアップして添削を始めてみると、ちょっとした間違いを直せばもっといい日本語になるのにと思わせる文がいっぱい。時間を忘れて添削に励んだのは、それを一種のタンブン(タイ語で「徳を積む」の意味)のように感じたから。ここで徳を積めば、トトの具合がよくなって、以前のように食べるようになって、以前のように・・・、以前のように・・・と、願いながら、添削を続けていた。

しかし、奇跡は起こらず、トトは旅立っていった。今回のペットロスは、日本語の作文の添削で癒した。トトが旅立った後も、あまり考え込まないように添削を続けていて、やっと元に戻れた気がする。飾られている猫の写真は3枚になった。トトを探し回るタタに、その写真を見せても、タタはよくわからないようだ。玄関に行ってみたり、窓から外をずっと眺めていたり、夜になると鳴きながら、家中を探している。たった一人で生活するのは初めてだから、きっと不安なんだろう。そう思うととても不憫になるが、もう新しい猫を求める気にはなれない。できるだけタタの相手をして、寂しさを感じないようにしてあげよう。

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コメント

先生、ご愁傷様です。家族の一員としてトトは幸せだったと思います。先生はペットとして飼っていたのではなく、子供みたいに一緒に暮らしてあげたのは、私はそう見えました。ですから、辛くでも、トトに”一路好走”を言いたいのです。

投稿: Lucy | 2009.04.26 18:46

あっ・・・
そうだったのですか・・・。
私もここ2、3日作文の添削に追われていて、こちらを訪問していませんでした・・・。
他人事の身ならず思え、本当に悲しいです。
わがやのクリも14才ですから・・・。
いつまでもいつまでもひざにどんとのってくる重みとぬくもりがあるようにと祈ってもいつかは必ずやってくる日があるんですよね。
ネコは私たちに幸せをくれるために生きているのですね・・・。
心からお悔やみ申し上げます。

投稿: チョムプー | 2009.04.27 21:27

>Lucy
>チョムプーさん

どうもありがとうございます。
餌の皿の数から、トイレの始末から、実際は楽になったのですが、ため息をつきながらの毎日です、まだ。

タタも夜になると、毎晩、あっちの部屋、こっちの部屋と鳴きながら探しているようです。狭いんだからすぐに探し終わるんですが。外を見る時間も以前より多い気がします。一番さびしがっているのは、タタかもしれませんね。

投稿: meew | 2009.04.27 21:51

18年て、それはそれは長い年月です・・・。
今まで、当たり前に何の不思議も無く、確かにそこに存在していたものが、ある日突然消えてしまった喪失感、
それを埋めてくれるのは、やはり「時」でしょうか・・・。 トトちゃんのご冥福をお祈りいたします。

だれかが あなたを 思い出す時、

いつでも あなたは そこにいる。

だから 静かに 目を瞑って、

だから じっと 耳を澄まして、

だから そっと 手を伸ばして、

ほらね、あなたは たしかに そこにいる。


投稿: ジン | 2009.05.04 23:47

<おわび>

母国語って、これがまた、結構落とし穴が?あるんですよね。
ついつい無意識に使ってしまう「ことば」。

先日のコメントで、デリカシーのない表現をしてしまって、ごめんなさい。 m(__)m 

投稿: ジン | 2009.05.05 16:53

>Jean

え、なに?<おわび>って。デリカシーのない表現なんて、読み返してもわからないよ。

詩を読んで、実は、少し涙ぐんでしまったんです。Jeanの気持ちがうれしくて。

ごめんなさいなんて、言わないで。

投稿: meew | 2009.05.05 21:37

meewさん、トト君、行ってしまったのですね。
死を見送るのはいつもいつも悲しいです。
かといって、猫を置いて先に行くわけにはいかず。

あいちゃんが動かない猫(運動しないおデブちゃん)になって、便利な言葉を使うとすればメタボ?
それを解消する目的で「ぶっち」を連れ込みました。
でも、あいちゃんがいずれ逝ってしまっても、私自身が面倒見れる確信がないので、ぶっちのために新たに猫を迎えることはないと思っています。

何をどう言っても目の前から家の中からすっかり見えなくなってしまうのはつらいですね。
でも、私たちが辛い分、その分、
逝ってしまったトト君が幸せだった分だと思います。
私たちを幸せにしてくれた分でもありますよね、素晴らしい存在だと思います。

投稿: ぽんぽこ | 2009.05.06 00:33

>ぽんぽこさん
あいちゃんとぶっちくんを、ちょうどトトとタタのように見ていました。あいちゃんはトトのマドンナだったんですもの。
別れは何回経験しても辛いですね。ぽんぽこさんの言うとおり、新しい猫のことはまったく考えられません。

ところで、最近のあいちゃん、スマートになりましたね。ちょうどいいくらいなんじゃないですか。あいちゃんとぶっちくんによろしく。

投稿: meew | 2009.05.06 09:48

お久しぶりです。

このところバタバタしていて、meewさんのブログをのぞいていなかったのですが、その間にこんなことになってたなんて・・・
私もトトちゃんが亡くなって悲しいです。
ご冥福をお祈り致します。

投稿: ひら | 2009.07.06 11:20

>ひらさん
こんにちは。

もう2ヶ月半もたつのに、家族全員、まだトトがいない事に慣れることができません。特にタタは、いまだに帰ってくるのを待っているようです。そんなタタの、実は今日は誕生日(多分)、7歳になりました。

かめきちくんは、どうしていますか?亀くんは梅雨は好きなのかな?

投稿: meew | 2009.07.07 10:15

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