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2006.05.08

母と娘たちの悪戦苦闘

部屋を片づけていたら、古いファイルを見つけた。それは23年前に私たち姉妹が記録したもので、タイトルは「母と娘たちの悪戦苦闘」

1983年の8月30日。誕生日の数日後、母は突然のくも膜下出血で入院した。母が搬送された病院は完全看護ではなく、誰かが付き添わなくてはならなかった。私たち3人の姉妹は交代で母の元にいることになり、その連絡用にと下の妹がノートを用意した。母の病状やこれからの不安などそのときの様子が書かれていたそのノートを、当時のワードプロセッサー(私が一番初めに手に入れた東芝のRUPO)で打ち直したものだ。

それは母の初めての入院で、その後入退院を繰り返すことになったが、その時はわりあいよくなって家に帰ることができた。そのはじめの入院の付き添いさんを頼むまでの3週間ほどの記録だが、ここにコピー用紙で69枚もある。手術後の頭に包帯を巻いて動けなくなっている母、その後も以前とは違う母に対する不安。それでも時折見せる期待の症状。これからの覚悟。そんなものがこの中にはある。退院してからも以前のようにディズニーランドへ行くことができたし、この中で書かれている不安は、その直後すぐには現実とはならなかったが、最終的には入退院を繰り返し、病状もそれにつれて重くなっていった。1991年の冬、母は入院先で亡くなった。

このノートの中で、はっきりしない意識の中、母は「何を書いているの?」と何回も聞いている。その度に「お母さんの病気が治ったら見せてあげるね」と答えている。実際に母が退院して、家に戻り、このファイルを見せた時、一生懸命に母は読んでいた。読み終わって、「本当に私たち、大変だったのね。」と言った。「どんなふうだったか、様子がわかってよかった」

母に渡したファイルは、今手元にあるこれを複写コピーしたものだったが、このオリジナルは、実は、感熱紙に打ち出したもの。20年以上たつのに、まだ字が読めることは驚きだか、この文書のフロッピーはもう読み取ることができない。それならば、まだなんとか読めるうちに、PCに打ち込んでおこう。・・・と言うことで、ここ数日私は「少年ヤンガスと不思議のダンジョン」もさることながら、キーボードを叩きっぱなしなのです。

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コメント

meewさんの年齢を考えると(失礼!)お母様はかなり若くに亡くなられたようですね・・・。いろいろ大変だったでしょう。meewさんも妹さんもまさに働き盛りの時期だったでしょうし・・・。きちんと記録に残されてるなんてスゴイ!
私は仕事で介護をしているので、「亡くす喪失感」というものは比較的薄い(ないわけではないですが)のですが、ご家族の方はそれこそ、大切な家族を失うわけですから乗り越えるのは容易なことではないと思います。
娘さん二人に見守られ、幸せなお母様だったと思います。

投稿: hana | 2006.05.10 07:39

>hanaちゃん
母は64で亡くなりましたが、父はなんと52でした。下の妹はまだ成人式前で、とても辛かったと思います。父の死はしっかり受け止めているのに、なぜか母のことはいまだに生きているような気がしてなりません。

あ、妹は二人いるので、三姉妹なんですよ。3人いたので、少しの間でしたが、付き添いさんなしで頑張れたんだと思います。

いくつになっても子どもは子どもっていいますが、母も同じですね。いつも母に会いたいって思います。

投稿: meew | 2006.05.11 11:13

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